は つ ゆ き

〜2002年11月度お題参加作品〜

みだれかわ枕(MacLa Works)

2002.11.21

 雪が降る。
 ひらひらと宙を舞っていたんだろう、一片の雪が、あたしの頬に触れた。
 その感触は
 感触――感触は――その、は――
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 しまった。
 感触はたしかにあった筈なのに。
 頬に触れた(はずの)雪と同じように、次の瞬間には、消えうせていた。


「おーい、神菜?」
「あ、叔父さん」
「あ、じゃないって。まったく」
「ええと、なに?」
「雪だ雪」
「元気ねぇ、叔父さん」
「神菜が元気ないんだよ。子供は風の子だぞ?」
 あたしは、年の割には元気にはしゃぐ、無精ひげの叔父さんと一緒に、街を歩いていた。
 ええと、そう。誕生日のプレゼント、買ってもらおうと思って。
 近頃寒いから、コートとか買ってもらうのも、いいかもしれない。
「風の子って……叔父さん、オジサンくさいコト言う」
「俺はオジサンだよ、どうせ」
「しかも、ロリコン」
「そりゃ失礼な」
「だって、あたしと付き合っている」
「おや? 俺は神菜を子ども扱いしたことはないぞ? いつでもいっぱしのレイディとして扱ってきた」
「昨日のアレが、オトナ扱い?」
「ああ、そうだ」
「……叔父さんは、ずるい」
 ええと。
 ここまでの会話で、大体解るかな。
 実はあたし、実の叔父さんと付き合っている。
 恋人として。
 うん、わかってる。許されることじゃない。
 けれどもあたしにはちっとも実感がなく。
 そんなあたしだのに、叔父さんはあたしをちゃんと受け止めてくれた。
 うーん。
 ちっとも実感はないのだけど、こうして叔父さんと二人で、そろそろクリスマス用の飾りつけが始まった街を歩いていると、その事実が大きな穴(多分、罪悪感とか後ろめたさとか、そういうもの)を埋めてくれるような――うん、私は虚ろじゃない。


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 この街には、繁華街のすぐ裏に大きな公園がある。夏は木陰に涼を求める人々が集まり、真冬には料理を題材にしたお祭りが開かれるのだけど、この時期は何のイベントもなくて、ずいぶんと物寂しい雰囲気だった。
「神菜、疲れてないか?」
「ん、別に?」
「嘘言え。慣れないブーツなんか履いてくるから、足痛いんじゃないのか?」
「そうかな?」
「そこ座れ。見せてみろ」
 そう言って叔父さんは、あたしをベンチに座らせ、その前にひざまずいて、あたしのブーツを無理やり脱がした。
 ふと気が付いて、スカートを押さえる。
 中、見えなかっただろうか?
 いや、それよりも。
 この構図は、ちょっとまずいんじゃないだろうか。
 叔父さんとデートしている時点でまずいんだけど、血縁関係を抜きにしても、この構図はまずい。
 どうみても……変。あるいは、変態。
「やっぱり」
 叔父さんは、そう呟いた。
「靴擦れ、出来てるぞ。歩き方が変だと思ったら」
「へ、そうなの?」
 見れば。
 ああ、たしかに靴擦れになってる。
「気が付かなかった」
「違うだろ。また『消えた』な?」
 あたしにはその実感がなかったのだけど――多分そうなんだろう。
「まったく。神菜は人一倍、注意深くしないとダメだって、言っただろう?」
「そんな。ちゃんと……気をつけてる」
「むくれたってダメ。現に、靴擦れ気が付いてなかったじゃないか」
 反論できない。事実だもの。でも、下の歯を上の歯にしっかりと押し付けてしまう……いや、違う、そうじゃなくて……
「おい?」
 む、むくれ――むくれて――れて――あ、ああ、なんだっけ――
「おい、神菜?」
 視界が前後に揺れる――前後に――揺れる視界――
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「神菜」
「あ、叔父さん」
 叔父さんが、あたしの肩を揺らしていた。そして、呼びかけて。
 公園なのに。
 大きな声で。恥ずかしいなぁ。
「あ、じゃないって」
「ええと、なに?」
「――また『消えた』のか?」
「……うん、多分」
「『本』、見せてみろ」
「うん」
 言われて、あたしはバッグの中に入れている、一冊の本を差し出した。皮で装丁されたその本は、勝手に開く事が出来ないように南京錠がついていて、ちょっと高価な日記帳のように見えなくもない。
 ポケットの中から鍵を取り出して、手渡すと、叔父さんはそっと本を開いて、内容を確認した。
「……どう?」
「初雪がどれだけ冷たくて心地よいかってことと、靴擦れがどれだけ痛いかってことと、やっぱり叔父さんは子ども扱いする、叔父さんのバカぁっ!、ってことが追加されている」
 それを聞いて、あたしは体の力が抜けてしまった。
「やっぱり」
 そう呟くのが、精一杯だ。
「……早く天梁の遺産を見つけてやる。だから――」
「早くしてくれないと、あたし、空っぽになっちゃうよ……」
 叔父さんは本を閉じて鍵をかけ、あたしに返した。
「呪いの本、万抱録……心配するな、必ず呪いは解いて見せるから」
 この本は、いつの頃からか、あたしの手元にある。
 そして、あたしが感じたことのいくつかを、記録していくのだ。
 記録するだけならいいけど、そのときに、あたしの心から感じたことを消し去っていく。
 記録には残るけれども、あたしの中には、何も残らないのだ。
『このことすら』あたしは『事実しか知らない』。この事実がもたらすはずの『気持ち』は、この本に記録されてしまった。
 その事が『すごく寂しくて、すごく悲しい』。
「神菜」
 叔父さんが、あたしの名を呼ぶ。
 叔父さんは、こんな身の上のあたしに、同情して、それで恋人を演じてくれているのだろうか。
 叔父さんの気持ちは本に記録されるわけじゃないから、解らないけれども。
「お茶でも飲んで、帰ろう――な?」
 ブーツを履きなおすと、叔父さんは手を差し出してくれた。ちょっとお姫様気分だ。
「ケーキも食べたい、あたし」
「はいはい。神菜の味覚は、お子様だな」
「チーズケーキだもん、レアの。オトナの味よ」
「いや、それはどうかと思うぞ?」
 そんなことを言いながら、あたしと叔父さんはバス停の近くにある、お気に入りの喫茶店へと向かう。
 ふと、視界に白いものが見えて。
 見上げれば、また雪が舞い始めていた。
 雪がそっとあたしに近づいて――頬に触れる。
 少しひんやり。
 その感覚は、ちゃんとあたしの心に残って。
 今年の初雪は『冷たくて』。
 二番目の雪は、ひんやり。
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 二番目の雪が、あたしの初雪。



 

『天梁の遺産』 については、銅大さんのシリーズ短編『龍の守護者』をお読みください。

 

 

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