首輪のせい。の続き。

みだれかわ枕(MacLa Works)

2001.6.19


 

登場人物。

鈴木ケイ
 科学部の部長で、ガチガチの理系。趣味は、昆虫採集。
 なぜかセーラーの上は、いつも白衣。

光岡我流
 イルカたちの担任。理科担当。三十歳。
 いろんな誘惑と闘う今日この頃。

日野イルカ
 ごくごくふつーの演劇部員。
 エッチに興味があるあたりも、ごくごくふつー。

豊田ありす
 眼鏡、意地悪、優等生で、演劇部員。
 制服はセーラー(タイは茜色)

首輪
 黒い革製。ちょっと太め。御丁寧に鎖がついてる。
 

 


Introduction

 

 ホームルームで。

「豊田。あとで理科準備室に来るように」

 担任の光岡が言うと、クラスの視線が一瞬、豊田ありすに集中した。

 眼鏡を掛けて首輪を着けたありすは、その視線をものともせずに

「部活があるので、手短にお願いします」

 と言い放った。

「おぉ〜、光岡センセの呼び出しじゃん〜。ありす、ナニやったのよ〜?」

 ありすの後ろの席の、鈴木ケイが、背中をツンツンしながら、囁いた。

 ケイは、セーラー服の上に、白衣を着ている。本人曰く『科学部の伝統』らしい。

「何もしてないわ」

「放課後の理科準備室かぁ〜。一体なにが起こるんだろうね〜?」

「何も起こんないでしょ」

 ケイのちょっと品のない冗談をあっさりと却下して、ありすはちょっとずれた眼鏡をなおした。

「んー、多分、その首輪なんだろうね〜?」

「まあ、その可能性はあるかしらね」

 そこに、今度は、隣の席の日野イルカが

「おい、今日の部活……」

「いいから。部室で待ってて」

 ありすは演劇部の部長をしている。今日は、ちょっといろいろある予定だったのだが……

「それじゃ、以上」

 こうして、ホームルームは終わった。

 


光岡センセの、悩み事。

 

「豊田……どうにかならんのか?」

 放課後、理科準備室。

 うちのクラスの問題児の一人、豊田ありすを前に、僕はほとほと困り果てていた。

 もともと性格が素直ではないというのは承知の上だが、とにかく、なんでこうもひねくれているのか。

 なにしろ。

「どうにもなりません」

 はっきりとこう言ってのけたのだから。

「けれどな」

「これは、あたしがあたしだという証明なんです」

 そう言って、豊田はソレを指でゆっくりとなぞった。

 その時の彼女の瞳が、年齢不相応なほどの妖艶さを湛えていたような気がして……思わず生唾を飲み込み、それに気付いて、慌てて頭を振ってしまった。

「だ、だが、校則違反」

「じゃないはずです。ピアスや指輪やマニキュアは禁止されていますけど、首輪は禁止されていません」

 そう。

 彼女……豊田ありすは、いま、首輪をつけているのだ。

「だからといって、だな」

「先生にとやかく言われる根拠は、ないはずです」

 豊田は、はっきりと言いきって、立ち上がった。

「これで失礼します。部活、あるんで」

 ううう……なんで生徒に気圧されるんだ、僕は……

 いや、これではいけない!

「とにかく。それは一旦、僕が預かる。外しなさい」

 そう言って、僕は手を差し出した。

「……」

 すると、豊田は、意外にも、あっさりと外した。さっきの口調だと、また何か理論武装していると思ったのだけど。

「これで、いいですか。失礼します」

 豊田は足早に準備室を出ていって。

 僕の手には、黒光りする革製の首輪が残された。

 金具の光沢と、それ以上の革の光沢に、思わず見とれてしまう。

 首輪。

 飼われているもの。

 従属の証。

 豊田は『自分が自分である証』と言った。

 彼女は、何かに従属している証として、これを着けているのか。

 ……何に?

「……やれやれ」

 一瞬脳裏に浮かんだものをうち払うように頭を振ってから、机の引き出しの中に、その首輪を押し込んだ。

 


イルカの、憂鬱。

 

 演劇部室。

「やっと部長のお出ましか」

「光岡先生に呼び出しされたの、知ってるでしょ」

 ようやく現れたありす、平然と言う。

「呼びだしって、やっぱ」

「そ。首輪、ダメだって。没収されたわ」

 やっぱそうだよなぁ。普通、そうだ。

「校則違反じゃないのに」

「違反してなきゃいいってもんでも、ないだろ」

「でも」

 腰に手を当てて、仁王立ちになり、ありすは俺を見つめた……いや、睨んでるな、これは。

「イルカは、あたしが首輪外しても、いいの?」

「あのなぁ……」

 ありすが首輪をつけるようになってから、三週間が過ぎた。

 基本的には、首輪をつけているだけで、そんなに違いはないと思うのだけど……

 相変わらず、普段のありすは、性格ブスだし。

 でも。

 その、なんだ、ありすとセックスするようになったし……

 なんか、ありすは俺に命令されることを待っているんじゃないかと、そう思うこともある。瞳が、なにか、俺に言われるのを待っているのだ。

 あとは、変わらない。変わってないはずなんだけど。

 ……

 やっぱ、首輪をずっと着けてるってのは、どうかと思うよなぁ。

 思うんだけどなぁ……

「……よくない」

「そうよね……やっぱり、そうよね……」

 そう呟きながら、ありすは鞄の中を探り……まさか?

「だから、先生に渡したのは、予備の方」

 ありすの手の中には、首輪が。信じらんねぇ。こいつ、首輪の予備買ってたのか?

「ね……おねがい、着けさせて」

 首輪を差し出し、ありすはそう言った。

 艶やかな革が、ありすの小さな手の中にある。

 俺は、それを受け取ると、眼でありすに合図した。それに頷き、ありすは白い喉元を俺に差し出す。

「今度は、外すなよ」

「……はい」

 うん、ではなくて、はい。軽く俯いたありすをみて、思わず、下半身が、少し大きくなった。

 ……

 ダメだ、俺……

 


ケイちゃんの、部活。

 

「センセセンセセンセ、光岡センセ〜っ!」

 あたしが理科準備室に入ると。

「なんだ、鈴木……?」

 うわ。センセ、なんつー疲れた眼を……

「センセ、どーしたのよ?」

「あー……いろいろとなぁ……」

 そう言って、センセは溜息をついた。うわ〜……

「なんかさ、そーやって溜息ついてると、オヤジくさいよ?」

「オヤジって言うな、これでも若い」

「三十でしょ? あたしたちの倍以上。オヤジだよ」

 そう言ったら、センセ、すごく悔しそうな、困ったような顔をした。うふふ。なんか、可愛いなぁ。

「で、どうしたんだ?」

 その表情を誤魔化すように、センセはそう聞いてきた。いけない、忘れてた。

「あ、そーだそーだ、センセ、理科室の鍵貸して♪」

 科学部は理科室で活動してるんだけど、そこの鍵は、光岡センセが管理してる。だから、部活をやるためには、鍵借りないとダメなのよ。

 とは言っても、幽霊部員ばっかの部だから。まともに部活してるの、いまじゃあたしだけだし。

「ああ……あれ?」

 ごそごそと机の引き出しを探って……なんか、鍵が見つからないみたい。

 手元を覗き込んでみると。

 うわぁ、なんか無茶苦茶グチャグチャ……

「センセ、すこし片づけたら?」

「余計なお世話だ。そんなこと言う暇あったら、理科室の薬品棚、片付けとけ」

 あう、ヤブヘビ。

「でもさ、センセ。これじゃ婿の貰い手ないよ?」

「それこそ、余計なお世話だ」

 ごそごそと探りながら、センセは少し怒ったように、そう言った。

「でも大丈夫。あたしがお嫁さんになってア・ゲ・ル♪」

「冗談も休み休み言え」

「えーっ、本気なのに〜。なーんてね」

 そう言っているウチに、鍵を見つけて、センセは渡してくれた。

「終わったら、持って来いよ」

「はーい」

 で、くるっと振り返ろうとして、ちょっと珍しいものが、目に入った。

「センセ、それ、何?」

 黒い色の、帯……ちがう、これは……

「ああ、なんでもない」

「ウソ。それ、豊田さんの……」

 間違いない。ありすの着けてた首輪だ。

「没収したんだよ。学生が着けてるもんじゃない」

「ふうん……」

 あたしは、ゆっくりと近づいて……気がついたら首輪に見入っていた。

「センセ、豊田さんから取り上げたんだ」

「なんか、人聞きの悪い言い方だな」

「嫌がる豊田さんを無理矢理に」

「待て待て」

 ……なんだろ、この気持ち……

 首輪を見ていると……なんか……

「ちょっと、見せて……」

 引き出しの中に手を伸ばす。

「あ、おい」

 センセが止めようとしたけど、それ無視して、手に取ってみた。

 金具のひんやりとした冷たさと、上等な革の肌触り。

 皮膚に吸い付くみたいな、そんな感じ。

 ありすが体育の時も外さなかったの、解るような気がする。

 なんだか、とても気持ちいい感触……

「こんなのだったんだ……」

 手に伝わる心地よさとうって変わって、喉の辺りが、からから乾く。何度も生唾飲み込もうとするんだけど、唾が出てこない。

「もういいだろ、返しなさい」

 センセが、手を出す。

 ……

 その手が、ありすからこの首輪を取り上げたんだわ……

 ありすの喉に、この手が伸びて……

 ちょっとごつごつした手。

 大人の手って、みんなこうなのかな。

 クラスの男子の手は、おっきいけど、ごつごつした感じはしない。

 この手で喉を触られたら……

 ううん。

 この首輪を……

 そんなことを思い浮かべたら、なんだか、頭がぼーっとしてきて、目に見えるものがぼやぼやしてきて。

「センセ……もうちょっと……見せて……」

 そう言って、あたしは、首輪を、そっと喉元に持っていった。

 首に当たった瞬間、おもわず背中がぞくぞくっとした。お尻のあたりから上に向かって、撫でられたような感じ。でも、気持ち悪くない。くすぐったくない。

 ゆっくりと首に巻いてみる。しっとりとした感じ。

 そのまま、金具に端を通して、締めていく。穴三つ分。

「……首輪って、初めて着けた……」

「鈴木、それで気がすんだろ?」

 センセが、また手を伸ばす。さっきからの、ぼーっとした感じが強くなってきて……

「ほら、もう返しなさい」

 センセの手が、喉に伸びて……首輪に触れた。

 その瞬間。

「あ……」

 な、なんだろ、今の……!?

 思わず片手を腰より下……ええと、パンツの近くに持っていく。

 だって……なんか、じわって……やだッ!

「ど、どうした、鈴木?」

「や、やだっ……」

 顔が熱くなる。

 だって、だってだって、今の……あたし、お漏らし……っ!

「お、おい?」

 一旦離れたセンセの手がも一度伸びて……あたしの手を取る。

 そしたらまた、じわっ、て……

 すごく泣きたい気持ちになって、ぺたんって、その場に尻餅ついて。

 でも、じわじわが止まらない。止まんないよぉ……

「大丈夫か、鈴木……息苦しいんじゃないのか?」

 センセが喉に手を伸ばしてくる。

「外さないと……」

 そう言って、首輪に触れたら。

 かくんっ!

 あ……

 腰が、急にびくびくって……

 それに、じわじわが、また……

 やだ……

 センセの前で……あたし……

 お漏らし……

 お漏らししちゃったよ……

 じわじわって、パンツが濡れてるもん……パンツに伸ばした指が、冷たいもん……

 やだよ……センセの前で、こんなの……

 


光岡センセの、呆然。

 

 いきなり座り込んだかと思うと、鈴木は、僕の目の前でぽろぽろと泣き始めた。

「ど、どうしたんだ……?」

 聞いても、鈴木は俯いて泣くばかりで、さっぱりだ。

 右手を口に、左手はスカートの中に当てて……

 あ。

 脳裏に、養護の五十鈴先生の言葉が浮かんだ。

「この年頃の女の子だと、たまにあるのよね、失禁症ってのが」

 ……だとすれば、確かに、恥ずかしいな……

 とはいえ、何をどう言ったらいいのやら……

「す、鈴木……その……着替えてこい……誰にも言わないから……」

 かろうじて、そう言った。

 そしたら、鈴木は弱々しく頷いた。

 ……鈴木も、女の子だな。

 ヒドイ話かも知れないが、僕はそんなことを考えていた。

 僕にとって、鈴木というのは理科が好きで——しかもカエルの解剖標本を活き活きと見つめるような——明るくいつもはしゃいでいて——教師を教師と思ってない——、そういう生徒で。

 こういう、弱々しい仕草を見せられると、なんだか、別人のような気すらする。

 いつも白衣を着ているというのも、変なヤツという印象を強くしているし。

 ……と。

 鈴木はゆっくりと立ち上がり、僕の方を見た。

「……どうした?」

「……」

 鈴木は何も答えず、両手をスカートの中に……え?

 スカートをまくり上げ、端っこを咥える。

 待てッ!

 そーすると、スカートの中が全部見えるっ!

 そんな僕の考えを知ってか知らずか、鈴木は、さらに。

 パンツを、下にずらした。

 ちょうどパンツの中心部分(そんなのあるのか?)と、股間の中心(本当は片仮名4文字なのか?)の間に、粘液で光る糸が出来る。

 え……?

 粘液?

 尿は粘液じゃないぞ?

 待て。

 待て待て待て待て。

 と言うことは……

「す、鈴木……」

 鈴木が返事をしようとして、口を開くと、当然ながらスカートは落ち、緞帳のように彼女の股間を隠す。

「お漏らしっていうか……オシッコじゃないのに……センセ、あたし、なんか、変だよ……変なの、漏らしてるよぉ……」

 いわゆる『愛液』という言葉(あるいはそれに類する言葉)の概念すら知らないのだろう。鈴木は涙をこぼしながら、そう言った。

「だ、大丈夫だから、心配するな……な?」

 思わずそう言ったものの、本当に大丈夫なのか?

 生物学は、大学で一応修めたが……こういう場合、濡れてきてしまうというのは……

 悪戯心で首輪を着けて、それを外させようとしたら、こうなったんだぞ?

 こういうのは、大丈夫だと言ってしまって、大丈夫なのか?

「センセ……くちゅくちゅって、なってきて……どうしよう……あたし、変だよ、病気だよ……」

 鈴木が、すがりついてくる。僕よりもずっと背が低いから、ぽふんと胸板に顔を当てるような感じになる。

「病気じゃ、ないから……だから、心配するな……」

 少なくとも、病気じゃないだろう……たぶん。

「怖いよ……センセ、あたし……熱くなってきて、くちゅくちゅ止まんなくて……ヤダ、怖いよ……」

 顔を押しつけてくる。体も全部投げ出すような姿勢だから、白衣にかすかに染みついた薬品のにおいとか、毎日ちゃんとシャンプーしてるであろう髪の香りとか、控え目ではあるが胸の感触とか……そういうのまで伝わってきて。

 ……いや、これは……非常にまずい……

「お、おちつけ……な、鈴木……?」

 とにかく落ち着かせようと、肩に手をやろうとして……首輪に手が触れた。

 びくんっ!

 革の滑らかな触覚とともに、鈴木の体が大きくはねたのが、解った。

「……鈴木……」

「センセぇ……」

 い、いかん……そんな眼で見られたら……いかんいかん……

「落ち着け……心配しないでいいから……」

 そう言いながら、僕は、指をそっと動かした。

 首輪を撫でるように。

「あ、あぅ……センセ……センセぇ」

 その指の動きに反応して、鈴木はしきりに『センセ』と呟いた。

 ……駄目だ、これ以上は駄目だ。

 頭では解っているのだが、首輪を撫でることによる、目の前の教え子の反応に、自分が押さえられなくなっている。

 ……駄目だ……我慢、出来ない……

 つぶやきの中に、明らかに性的な快感を『感じてる』声を混じらせている鈴木の唇に、そっと口づけてしまった。

 罪悪感。

 教え子に、劣情を催すなど。

 赦しがたい大罪を犯したという気持ちで、いっぱいになる。

 だが。

 次の瞬間。

 鈴木が、舌を僕の唇から押し込んできたとき。

 後ろめたさや後悔は、達成感に変わってしまった。

 たどたどしく動いてくる舌の味は、涙を流していたからだろう、しょっぱい感じがして。

 首輪を撫でてやると、舌が一瞬止まり、そのあとそれまで以上に激しく蠢く。

 上の前歯の後ろあたりを舐められると、ぴりぴりとしたくすぐったさが心地よい。

 舌の裏側を味わわれると、お互いの舌が解け合うような感じがする。

「ふ、んっ……むは……ぷぅ……」

 息が続かなくなったのか、鈴木が舌を離すと、さっき彼女の股間に出来たような、光る糸が、お互いの口を繋いだ。

「センセぇ……」

「鈴木……」

 お互いに呼び合い、見つめ合い。

「センセぇ、好きぃ……」

 そう言われて、またキスされて。

 応えるように首輪を撫でてやると。

 いかん、また達成感が……

「ああ……鈴木……」

「……名前で呼んでぇ……」

「ん……ケイ……」

 

 そのあと、僕たちは下校時間になるまで——三時間近く——キスし続けていた。

 


やっぱり、首輪のせい。(Epilogue)

 

 翌日の、朝礼前。

「おっはよ、ありす♪」

「おはよ、ケイ」

 やけにお肌をつやつやさせたありすが教室に入ると、ケイが挨拶をしてきた。

 その喉には、黒い首輪がつやつやとした光沢をはなっている。

「あれ……それって……」

「えへへ〜、センセにもらっちゃったぁ♪」

「もらったって……ケイ……?」

「センセに昨日、好きって言っちゃってね、オッケーもらったのぉ!」

「な……そ、それは……犯罪……?」

「そーよねぇ、青少年保護条例違反……センセ、犯罪者かも〜っ!」

「嬉しそうに大声で言うんじゃないわよ」

 ケイの口をふさぎながら、ありすが叱る。

 ちょうどその時、担任の光岡が教室にやってきて、

「さ、朝礼やるぞ」

 そう言ったとき、ケイと目があい、少しだけ困ったような表情を浮かべる。

 ケイはそれを見て、いたく満足げに、くすくす笑いながら、呟いた。

「センセが逮捕されたら〜……首輪のせいよねぇ」

 

 

おわり。


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